英語教育について

株式会社マックス代表取締役社長 安田

「英語が話せる」という「特別な能力」

ピアノをひける人をみると「凄い」と思います。自分もいつか加山雄三やチューリップやビートルズの曲を“自由にピアノで弾けたらな”などとあり得ない夢を見ているから余計に気持ちが強いのですが。
それからもうひとつ「凄い」と思う理由は「ピアノが弾ける」ということが「特別な人」にだけ与えられた希な「特別な能力」だと思うからです。

では「特別な能力を与えられた特別な人」とはどんな人でしょう。

それは 小さいとき、友だちが公園で遊んでいるのを横目に、遊びたいという誘惑に負けずにピアノ教室に通い続けることができた人。

雨の日も風の日も時にはさぼってしまいたいと思う日も 誘惑に負けず最後までピアノ教室に通い続けることのできた、そんな努力の人です。

「ピアノが弾ける」ということは、そんながんばった人だけに与えられた、言わば勲章のようなものです。だからこそ、「ピアノが弾ける」人は絶対に「凄い」。そして、そのような人達は自信に満ち溢れ光かがやいて見えます。

「英語を話すことができる」も、ひとつの「特別な能力」を身につけるということです。「ピアノが弾ける」同様に誰もが一朝一夕に身につけられる能力ではありません。

マックスでは生徒たちが生涯に渡って輝き続けることのできる「英語」という「能力」 を身につけてほしいと考えています。最後に笑うのは、やはり最後まで根気よく続けることのできた人だということを信じて。



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レッスンについて よくある質問
Q1 MACSの英語指導の特徴はなんですか?

A1
MACSの英語指導の最大の特徴は英語圏から来た外国人の先生が毎レッスン、フォニックスやTPRなど最新の英語指導理論を基にしたカリキュラムでみなさんの英語指導にあたることです。

日本人講師の教える英語が氷山の一角とすれば、外国人講師の教える英語は水面下にある大きな大きな氷山という事になります。

内的言語の蓄積〜小学生の内にこの大きな氷山のような情報をもった子どもたちの英語を聞き取る力には目を見張るものがあります。内的な言語の蓄積をもたない子どもとでは英語の到達レベルが違ってきます。

聞く力はイコール話す力〜内的言語の蓄積された下地のできた子どもは中学へいっても英語で困ることはありません。聞く力は将来バイリンガルになるための大切な財産になります。外国人講師が子どもたちに語りかける英語はすべて子どもたちの血となり肉となります。



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Q2 フォニックスとは何ですか?

A2
英語を読み書きするときのルールです。マックスではオリジナルのテキスト“マジカルフォニックス”を中心に使用しながら英語の読み書きのルール“フォニックス”の指導をしています。
※写真


○英語の学習者として自立するために

日本語の50音「あいうえお」は文字がそのまま音になっていて【あか】と書けば【あか】と読めます。従って、日本語を学習する上で“ひらがな”を知ることはとても重要です。

この“ひらがな”の世界に親しんでいる日本の子どもたちは無意識のうちに英語の“アルファベット”(ABC・・・)も日本語の「あいうえお」と同じ役目を果たしてくれるものと信じきって英語の学習を始めます。

そこに落とし穴があります。

アルファベットをエイ・ビー・スィーと覚え、その後、実際にbookという単語に出会い b をビーと読まない現実に直面し、英語をひどく難しいものと思いこんでしまいます。

“フォニックス”というルールを知ると、アルファベットを文字=音という図式で「あいうえお」と同じような感覚をもって学習していけます。

フォニックスを学習するとみるみる英語が読めるようになります。そこから子ども達の自立学習がはじまります。

将来、とくに日本にいながら英語を身につけていくと考える場合、ある時期から、子どもたちはひとりの自立した学習者として英語を学んでいかなくてはなりません。

多言語を習得するのには2000時間ほど、その言語に触れなくてはならないと一般的に言われています。週1度、英会話教室や学習塾で英語を学んでいるだけでは、この2000時間はいつまでたってもクリアできません。

ですから早い時期から子ども達に自立した学習者なってもらわなくては!と考えると、このフォニックス理論とともに多読はとても重要!かつとても画期的な学習法だと言えます。
           


○英語もひらがなを読むように  〜フォニックス現象〜

子どもの言語の発達段階には必ず文字に興味を持ち、文字と遊ぶ時期があります。

3歳から4歳くらいでしょうか、ひらがなを覚えたての小さな子どもが楽しそうに親などの周りの大人たちに覚えたてのひらがなを読んで聞かせる、こんな光景を見たことや経験したことはありませんか?

フォニックスを学習していくと、この読み聞かせ現象に似た現象が必ずおきます。私はこの現象を、私の造語ですが「フォニックス現象」と名前をつけ呼んでいます。

残念ながら、今の日本の英語教育の現状ではこの「フォニックス現象」を引き起こすための時間的な余裕はありません。

2011年から小学校での英語活動が始まりますが、文科省は文法指導と文字指導はしないとの方針を打ち出しています。

フォニックスは10人いたら10人の生徒が英語が好きになれる、子ども達を英語が読めない世界から救ってあげられる、英語入門期に欠かせない理論です。



○アルファベットには「名前読み」と「音読み」の2種類ある

アルファベットの数は全部で26文字。それぞれの文字には「名前(なまえ)読み」と「音(おと)読み」という、2通りの読み方があります。アルファベットそれぞれ持つ「音」=phoneのお話しです。

アルファベット最初の文字のA a の名前は〔エイ〕 

同時にA a は「音(おと)読み」の音も持っています。それも日本語にはない不思議な音を持っています。唇を左右に緊張させて 日本語の〔エ〕を発音する口の形をつくります。そして、のどの奥から〔エ〕の口の形をキープしながら〔ア〕と発音します。

A a は 日本語にはない、〔エ〕と〔ア〕の間で 〔汚ーいア〕と覚えましょう。それから、ジェットコースターにのって、悲鳴を上げたときの〔キャー〕の〔ア〕にも似てます。

これがアルファベットA a の音です。

それにしても たった26文字ですべてを表現することができるの英語は、ある意味無駄のない完成された記号と言って良いのでしょうね。



○アルファベット「名前読み」と「音読み」のそれぞれの役割

アルファベット「名前読み」とは 日本人には大変馴染みのあるABC(エイ・ビー・スィー)これを覚えると英語ができる!なんて錯覚を起こさせるところが、ちょっと厄介ですが。
この「名前読み」という読み方は主に他の人に文字を伝えるときに活躍します。

例えば、旅先のホテルのフロントで
A:May I have your name, please?
B:My name's Shinji Kobayashi.
A:Excuse me? Could you say that again , please? Japanese names are not quite
familiar to us.
B: Sure, S(エス), H(エイチ), I(アイ), N(エヌ), J(ジェイ), I(アイ)

, Shinji
A:Oh, Shinji. Now I got it! Nice to see you, Shinji!

しかし残念なことに英語の本などを読むとき、この「名前読み」の方法を知っていてもあまり“知っていて良かった、得した!”などと感動することはありません。

ところがアルファベットの「音(おと)読み」 いわゆるフォニックスを知っていると初めて見る英単語でも「読むカン」が働き知らない単語でも読めたりします。

そして実際に当て読みをしてみると、その単語が日本語の中に氾濫しているカタカナ英語とマッチして、意味までもわかる場合がたくさんあります。

例えば
sophisticated

s(ス)
o(オ)
ph(フ)
i(イ)
s(ス)
t(ト)
i(イ)
c(ク)
a(エイ)
t(ト)
e(×)
d(ド)
“洗練された”という意味をもつ、この英単語なんかはフォニックスのルールを知っている人なら、小学生でも読めちゃう簡単な単語です。



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Q3 TPRとは何ですか?

A3
TPR(トータル・フィズィカル・レスポンス) マックスの英語指導カリキュラムの一部は米国の心理学者ジェームズ・アッシャーという人が考案したTPR理論に基づいて組まれています。そのTPR指導をより効果的に演出するために欠かせないのが外国人講師の存在です。

TPR(トータル・フィズィカル・レスポンス)とは「子どもが英語(言語)を身に付けていく過程では、自然に動作を通じて言葉の意味を理解するほうが何倍も効果がある」という考え方です。

例えば 赤ちゃんが日本語を獲得していく過程を考えてみると分りやすいと思います。

赤ちゃんは身の回りの人の語りかける言葉をたくさん聞いて、それらの言葉を情報として蓄積し、話すための下準備を延々と続けます。

最初の頃聞こえてくる言葉はほとんどが命令文です。『はい、大きく口を開けて。』『よくかんで。』『こっちへいらっしゃい・・・』など。言われた子どもは動作を繰り返しながら体験的に言葉を理解し、時期が来ればそれをまねするようになります。


イラスト


TPR指導は擬似的にそんな空間を作ります。
Stand up. Come here. Turn around. など外国人の先生の命令に最初はきょとんとしている子どもたちも、すぐに理解し、次には物まねで口に出して言うようになります。

その時はその言葉の意味を十分に理解しています。初めから発話を強制しませんので子どもにとって負担にならないのもTPR理論の特徴です。



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Q4 小さい時から英語を始めることのメリットはなんですか?

A4
アコスティックイメージ(聴覚像)を鍛える! 小学生のうちから外国人の先生と英語の学習を継続することには大きな意義があります。まず英語を始め2〜3年目たつとアコスティックイメージ(聴覚像)という強い身方が身についてきています。

ネイティブの先生と英語を学習することの最大の意味(※逆に言うと、ネイティブのいない英語指導に欠けること)は、繰り返される音声指導から頭の中に、このアコスティックイメージ(聴覚像)という機能が脳にできあがることにあります。

これは日本語で考えると分かり易いのですが、我々日本人は相手の話す日本語をある程度、頭の中に音として残しておくことができます(と言うか、残ってしまいます)。

しようと思えば聞こえてくる言葉を復唱することもできるでしょう。英語が耳にピタピタ残る!!これがアコスティックイメージ(聴覚像)です。


※イラスト



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Q5 リスニング(英語を聞きとる力)は育ちますか?

A5
第2外国語としての聴覚像は一朝一夕にできあがるものではありません。しかし、一旦できてくると英語を覚える時間がとても早くなります。

また、聴覚像は学習を始める年齢が早ければ早い方ができやすいことも言われています。
学習の効率、負担の面で、聴覚像があるのとないのとでは大きな差がでます。その面から言うと外国人の先生と英語を始めて4年目を迎える子どもたちは、将来中学へ行ってから英語で苦労することは絶対にないと言っていいでしょう。
また、一度できあがった聴覚像は英語の学習を続ける以上、益々しっかりとしたものになっていきますので、将来にわたりその人の英語を支えてくれます。 

またフォニックスを学習しているので、初めて見る英単語(未習の単語)も相当読むことができるようになっています。
例えばフォニックスを知らない生徒が、未習の単語に出会うと『読みたくない』とか『習っていない』などの拒絶反応が先にでますが、 聴覚像子どもたちは英語を読む規則(フォニックス)を知っているので、初めて出会う英語もとりあえず読もうとする姿勢が身に付いてきています。
この能力と姿勢は今回の英検の受験の際に役に立ちました。
読むことができれば初めて見る英語を音に変えることができます。
音に変えることができれば、後は普段からたくさん英語の音にふれていますので容易に問題を解くことができます。



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Q6 英語が得意になるための近道はありますか?

A6
英語の学習も私達が日本語を覚えてきたのと同じような過程をたどることができたら、それが一番の近道だと思います。

コトバは耳→口→目→手の順番で身に付いていきます。人間は生まれてすぐに耳と口の訓練を始めます。だからこそ小学校に入りまともに授業が受けられるように、英語も耳と口の訓練ができていれば、文法の理解や読み物は非常に早く進んできます。
(この訓練のない日本人学生は、それゆえに大学生になってから、大人になってから英語で苦労します)

これに外国生活がプラスされれば鬼に金棒です。しかし耳と口の訓練ができていない人が、いくら外国に行ったとしても、早々と挫折するか、最低英語に耳が慣れるだけで1年、満足のいく留学を考えると最低2年間の滞在期間は必要となります。小さいときから英語を聞いたり話したりする訓練をしている生徒が海外留学をした場合は1年間の滞在で十分な成果が得られるでしょう。
当然マックスでは耳と口からの訓練を最大に重要視しながら学習を進めています。しかも時期がきたらどのような試験にもあわてることなくすいすいとやってしまう能力、さらに外国人にコンプレックスを持たず自分の考えを表現できる、そんな生徒が育っていくことを目指しています。

○英語が聞ける耳をつくる

マックスの英語は、特に小学生クラスでは“英語の音の蓄積”に重点を置いています。

『英語が聞ける人は英語が話せるし書くこともできる、しかしその反対に英語が聞けない人は書くことも話すこともままならない』という究極の発想からです。英語が聞けることは将来、子どもたちが英語の学習を継続する上で、子どもたちの身体の中でとても大切な『手がかり』となり、彼らの英語力を大きく引き上げてくれます。英語を聞く訓練のできていない人と比べるとその差は歴然、それはもう天と地の差が出てきます。

 かくいう私も実際に英語が聞き取れずにたいへん苦労をしました。当時は中学にも高校にもALT(外国人の英語の先生)などいませんでしたし、英語の先生が教室にテープレコーダーを持ってくるなど年に数回。普段から英語の音に触れるなどということは皆無でした。アメリカに1年間留学をするチャンスを与えられ、幸運にも英語を身につけることができましたが、その過程はまるで険しい山道を登るようでした。まず英語が聞けない、これは最悪でした。英語が聞けるようになるまでに1年かかりました。2年目から初めて講義を聴くことができたり、勉強らしい勉強がスタートできるのです。(私たちの時代に英語を身につけることのできた人は環境に恵まれたか、血と汗と涙で獲得した努力の賜物です。)自分の経験した苦労をマックスに来ている生徒には味あわせたくない、そんな気持ちでいっぱいです。
 従来型の筆記中心の英語指導法ですと、子どもたちは英語の音に耳慣れないまま、なんの“手がかり”もないままに中学校の教科書の授業に入っていきます。そして、すぐに文法の理解から始めます。それにはたいへん苦労が伴います。初めての教科で、夢を抱いてはじめた英語も1学期の終わり頃には多くの生徒が英語を嫌いになってしまいます。

 英語の学習は、耳→口→目→手の順番に進むのが一番自然です。『分からない』から徐々に『分かってくる』ということは耳から学習する習慣が身についてくると言うことです。(これが古い英語教育には欠けていた部分です)この習慣がしっかりと身に付けば、英語の学習は半ば成功したようなものです。高校生になるくらいから、その逆の勉強法をしている人と、していない人との差がどんどん出てきます。



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Q7 なぜ英語を学習しなくてはいけないのですか?

A7
心が豊かになります〜中学生くらいになると、こんな疑問を投げつけてくる子どもたちが現れます。そして社会経験を大いに積んだ大人たちはその質問に決まってこう答えます。それは英語が日本語以外の言葉で世界で最も多くの人々に使われている言葉だからだよと。

私の返答もまた似たり寄ったりではあるのですが、英語を指導させてもらっている立場の人間として必ずつけ加えておくことがあります。

それは“心が豊かになる”ということです。

成長して 自分の目が世界に向いたとき 英語など他の国の言葉を学習していたことにより、よその国の文化をかいま見ることができることです。またよその国へいった時に自分の住んでいる国=日本をもっとよく見ることのできる視点も養うことができるでしょう。

子どもにはちょっと難しいかもしれませんが、他の国の言葉を学ぶということは日本の言葉や我々の文化習慣のようなものを、他文化と比較し考える視点を獲得することができるようになります。

内的な動機付けができると学習効率もとてもあがります。しかし、現実はほとんどの中学生たちは、英語を学習する理由などそれほど意識もせずに、理由と言えば受験の教科であることぐらいで、そんな理由で英語の学習を6年間から10年間も続けます。
ひたすら試験のためにと時間を費やし、大学受験生などは毎日英語に4時間も費やしているそうです。これは驚くばかりの労力で、何と言っても時間とお金の無駄使いのように思えてなりません。6年間必死に英語を暗記し、受験が終わると同時にほとんど忘れてしまうのですから。

英語を学習する理由のために、これほどの労力が必要だとは思えません。英語教育に関する限り、受験制度と文部科学省の考え方が我々英語教育を真剣に考える者にとっ
て大きな障壁になる場合があります。

本来、英語の学習はもっと大らかであっていいはずです。『駅へ行く道を教えてくれませんか。』と言うのに、tell(テル)“教える”とway(ウエイ)“道”とstation(ステイション)“駅”が言えれば、ほとんどの場合相手に意志を伝えることができるでしょう。

ところが学校の英語、受験英語では語尾にSをつけるとか、つけないとか、またaではなく定冠詞theを付けなくてはだめだとか、まったく重箱の隅をつつくようなテクニックだけが知識として求められます。

当然、学習者も指導者もその細かなことに神経を使い、英語を学習することの本来の意味を見失っているのが今の日本のほとんどの中学で行われている英語教育の現実です。次第に間違いを恐れ、大らかに勉強できるのは小学生の時代である。

ところが実際は学生たちは学校の教科書を訳も分からずにやらされるだけで、その後何年も多大な時間と労力を強制されろことになる。その壁を破り、子供たちに英語を好きにさせ、学習意欲をかきたてるようにするには、在野のg学習塾しか今のところあり得ないように思う。学校の教科書の内容をわからせ、しかもよリ多くのことを短時間で、しかもヒアリングもスピーキングも習得させる方法が、今、在野から多く出てきている。動機のある授業を心がけている。



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